やってこうぜ!暇を持て余したオタクによるTravis Japanダイマ第2話!!歴史編!!!
と、いうことで前回ものすごい勢いでメンバー紹介編をしたため、上回る勢いで歴史編に取り掛かりました。
トラジャはメンバーの変遷が激しく、短期間で結構メンバーが変わりました。時系列でできるだけそれぞれを掘り下げつつまとめていこうかと思います!!!!ちなみにメンバー変遷期の私はA.B.C-Zのオタクしてたので、少クラとか通して割とリアルタイムで状況を見てたりしました。
覚えている限りでのエピソードもちょっと混ぜつつ!行ってみよ〜〜〜〜〜〜!!!
■簡単なメンバー変遷年表
2012.2 初期メンバー5人
【宮近・中村・吉澤・阿部・梶山】※弟組
2012.7 4人が加入
【川島・七五三掛・森田・仲田】※JR.A→兄組
2016.10 阿部くん脱退で8人へ
2017.3 仲田くん脱退で7人へ
2017.9 森田くん脱退で6人へ
2017.10 梶山くん脱退で5人へ
2017.11 松倉・松田加入で7人へ
と、こんな感じの変遷があり、「9トラ」と呼ばれる初期メンバーから現在まで残るオリジナルメンバーは松松以外の5人です。
結成〜現在まで時系列で追っていきます!wiki見りゃ分かるとか言わないで!!!!見てって!!!!!!!!!!!
①結成〜9トラ期
上段左から、阿部顕嵐・仲田拡輝・森田美勇人・川島如恵留・宮近海斗
2012.2、弟組と呼ばれる5人によって「Travis Japan」というグループの原型ができました。マイケル・ジャクソンの振付師としても有名なトラヴィス・ペイン氏によって選抜された「ダンス選抜グループ」です。(この時のレッスンに後に加入する兄組(当時JR.Aという別のグループ)の4人もいました)
その後、Jr情報局会報にて兄組を加入した9人でTravis Japanとして7月からの「PLAYZONE'12 SONG & DANC'N。PARTII」(通称:プレゾン)に出演する旨が発表され、本人たちもこのタイミングで増員を知ります。
〜プレゾンとは〜
PLAYZONE - ウィキペディアja.wikipedia.org › wiki › PLAYZONE
ジャニーズで受け継がれていたミュージカル作品。初演は少年隊のデビュー翌年で、〜2008年までは少年隊が主演。2015年の青山劇場閉館に伴い公演も終了。
いわゆる「ミュージカル」といった構成というよりはパフォーマンスに重きを置いたショーテイストの強いジャニーズらしい舞台で、限界ギリギリの熱いダンスパフォーマンスが魅力です。なんならドラムtaoとかシルクドゥソレイユみたいな「パフォーマンスを見る舞台」っていう解釈が近いかもしれない。DVD出てるので気になる人は買ってね!!!!
春の帝劇とかSHOCKとかドリボとか少年たちとかジャニーズの伝統舞台は色々あるけど、プレゾン大好きすぎて喋るとマジでキリがないからまた今度別に書こうと思います・・・。
こうして9人での活動が始まったトラジャ。補足すると、兄組の4人はプレゾン2010にて「S.A.D」という選抜グループとして出演→プレゾン2011にて「JR.A」として出演しているので、時系列的には「プレゾンに向けた新グループ」というスタンスでの結成だった初期トラジャ。その後もプレゾン限定に近い形でのグループとしての活動が続きました。(しかし他のグループへのメンバー派遣や怪我等もあり、9人揃ってプレゾンに出演したのは2012年のみです・・・)
そんな折2015年にプレゾンが終了。個人の仕事や兄組と弟組が分かれての現場はありましたが、9人が揃う場面はあまりありませんでした。(この頃のトラジャ担のグループ存続を心配するブログ読んで泣いた)
転機が起きたのは2015年夏。マッチさんの35周年コンサートのバックに抜擢され9人で付くことになります。更に見学に来ていた松本潤くんから「あいつらを使いたい」とご指名が入り、2015年の11月から始まった嵐のツアー「Japonism」にバックとして付いたり、タッキー&翼の2016年新春コンのバックにも付いたりと、ダンスグループとしての実力が認められ始めます。(ちなみに嵐コンは2016年もバックに付いてるよ!)
この頃から本人たちにも「シンクロダンス」の強みに気づき始めます。この時点でまだ兄組と弟組の仲はそこまで深いものではなく、2016年6月のジャニーズ銀座(通称「クリエ」。Jrたちのコンサートの場で、複数のグループや無所属Jrがユニットを組んで出演するよ!2015年のクリエは兄組・弟組が分かれての出演でした)では、兄組・弟組別れての出演も検討されていましたが、「グループとして何かしなくては」という思いから9人で開催することを選びました。
しかし、この2016年のクリエが最初で最後の9トラ単独公演だったのです。
〜ここで次に進む前に読んでほしい予備知識〜
少し違う話になるけど、このトラジャ結成前後〜現在まで、間違いなくJrの第二黄金期だと思っていて、特に2015年〜2016年にかけてはグループの乱立が凄まじく、Jrだけの冠番組が発足したりと勢いも増した時期になります。トラジャの歴史を語る上で外せないので、この時期のグループについてさっと紹介!!!!!!!(この頃本当に結成や再編成、解体がすごく多いので不備があったらゴメンなさい泣)
Travis Japan:2012年結成
Snow Man:2012年結成 ※6人体制、Mis snow manという前身あり
SixTONES:2015年結成 ※バカレア組という括りでの前身あり
Mr.KING、Prince:2015年結成 ※現キンプリ、元々別グループ
HiHi Jet:2015年結成 ※旧メンバー
天才Genius、Classmate J:2015年結成 ※この2組は解体
Love-Tune:2016年結成(後述するよ!)
と、まぁこんな感じで現在デビュー組として活躍しているグループも含め、たくさんグループができました。特に20代のメンバー中心に構成されてたトラジャ、スノ、スト、ラブの4組は「兄組」という括りの年上グループとして、Jrを引っ張るバチバチで仲良しなとっても良いライバル関係にありました。(わかりにくいけどトラジャ内の兄組とは異義だよ!)
ではこの情報を持った上で!トラジャの歴史を引き続き追っていきましょう〜〜〜〜!
②阿部顕嵐くんの脱退
9トラとして出演することになった2016年クリエ。その傍ら、実は別公演で新しいグループが誕生していました。それが「Love-tune(らぶとぅーん)」。公演発表時に「クリエC」という括りで無所属Jrを含む4人で発表され、当落日にはグループ名も発表されました。
そしてなんとこのクリエCとして最初に発表されたメンバー4人の中には、トラジャメンバーである森田美勇人くんの名前もありました。その当時の情報があまり見つからなかったので深く掘り下げられませんが、ファンは「新しいグループ・・・?兼任するの・・・?」と結構ざわついていたようです。
そして始まったLove-tuneのクリエ公演。6日間の公演の途中に、なんと4人→7人への増員が発表され、その中に今度はトラジャメンバーの阿部顕嵐くんの姿もありました。会場にいたLove-tuneファンはもちろん、トラジャファンにも動揺が走りました。トラジャ内にLove-tuneとの兼任メンバーが2人いる状況になった訳です。
同じ兼任先の森田くんと阿部くんですが、トラジャにとっての明暗は分かれました。兼任に前向きな森田くんに対し、阿部くんからはトラジャ脱退の申し出があったのです。
(宮近)「…でもそんな時に顕嵐から『みんなに話がある』って言われて。やっとひとつになれて、9人で評価されたばかりなのに…と正直思った。でも顕嵐なりに考えて決断したことだったしね。人生は1度きりだから顕嵐のやりたいことを尊重したいなと思って」(2017.3.27 STAGEnaviより)
のちのインタビューで阿部くん脱退の経緯について宮近くんはそう話しています。
そして2016年8月に行われた「サマステ ジャニーズキング」の公演を最後に阿部くんは脱退しLove-tuneへ移動。9トラとしての活動期間が終わりました。
③仲田拡輝くんの脱退
(この辺から私もリアルタイムでJrの動向を見ていたので、主観だけど当時の空気感も書いていったりしちゃいます)
阿部くんの脱退後、2016年秋のABC座・2017新春帝劇と8人での活動が続いていましたが、帝劇の公演中に最年長メンバーである仲田拡輝くんから「別の道の夢を追いたい」と脱退の申し出が兄組に伝えられました。
(ちなみに私は2015年頃からA.B.C-Zのオタクをやっていて、Jrと繋がりの深いグループだったのでトラジャももちろん認知していました。仲田くんの退所はかなり衝撃だったのを覚えています・・・。)
そして阿部くんの脱退後半年、仲田くんはトラジャ脱退・ジャニーズ事務所を退所。(現在は俳優として「百名ヒロキ」という名前で活動) 3月に決まっていたJrの合同アリーナコンサート「ジャニーズJr祭り」は7人での出演となりました。
そしてここからはかなりエモい後日談になるんですが、実は仲田くんとのえるくんはお互いが唯一の同期という運命的な関係性です。ずっと一緒に歩いてきた唯一の同期の次の道への背中を押す・・・それだけでも涙が出ちゃうんですが、のえるくんは仲田くんが退所後始めて出演した舞台の初日にスーツ姿で観劇に行き、8輪のひまわりの花束を贈り大号泣していた、というエモ過ぎるエピソードがあります。本当に本当に素敵な人ですのえるくん・・・泣
(当時このエピをTwitterで知ってからいつか共演できたらいいねってずっと思ってます・・・)
④森田美勇人くんの脱退
仲田くんの脱退とJr祭りの後は、5月に2017年クリエにて単独公演・8月にサマステ単独公演と7人での活動が予定されていました。
(ちなみにこの時のクリエ単独はJr情報局内で動画が配信されてたりしてました。貴重な7トラ映像です・・・。)
しかしトラジャにまたも動きが起きたのが、6月に行われた「JOHNNYS' YOU&ME ISLAND」という9月に帝劇で行われる舞台の発表記者会見。森田くんはトラジャではなくLove-tuneとして立っていました。とはいえこの時期、森田くんはラブトラどちらも出演する際はLove-tuneとして立つことが多かったので慣れた光景ではありました。
が、ここでトラジャ本人の口から「Travis Japan6人で頑張ります」という発言が飛び出し、「もしかして脱退するのでは・・・?」とざわつきが広がります。既に発表されている8月のサマステには出るのか等、当時のトラジャファンのことを思うと本当に本当に胸が痛い。
(この頃のトラジャが「Travins 何人Japan」とトラジャファン以外からも言われていたのをすごく覚えています・・・。キンプリと兄組、どこが一番最初にデビューするのかっていうバチバチの関係性の中、ラブトラの今後について美勇人くん次第だよねーって顕嵐担の友達とよく話してました。)
そして迎えた8月のサマステ。予感は的中し、森田くんはサマステオーラスを最後にトラジャの肩書きを背負うことは無くなりました。このオーラス公演、脱退についての明言はなかったようなのですが、森田くんのソロにオーラスだけ弟組が一緒に踊ったり、Wアンコールで森田くん振付の曲をやったり、宮近くんが言葉に詰まる場面があったりと、実質の卒業公演をファンは察していたようです。
また、非常に酷な話でもあるんですが、このサマステ公演でトラジャはグループ初となるオリジナル曲をもらっています。(トラジャのオリジナル曲については別の記事でまとめます!) 「夢のHollywood」という曲なんですが、全公演通して森田くんはこの曲には参加をしていません。そのこともあってか、初めてのオリジナル曲なのに公演中MCで触れられることはなく、今となってはファンもトラジャも大事にしている曲ですが、当初は不遇な曲でもありました。
ちなみにこの時トラジャはキスマイのツアーバックについており、サマステ終了後の公演もありましたが、森田くんは事務所にお願いして最後まで付いています。なので実質このツアーバックがトラジャとしての最後の姿になります。
(美勇人くんがラブトラを兼任していた期間は、他担から見てもものすごくハードスケジュールだなと思っていました。少クラのOPではトラジャとして踊って、即衣装替えしてまたLove-tuneとして出てきて・・・みたいな感じで。単純に仕事量2倍だもんね、そりゃハードだよね。渦中のオタクの気持ちは想像しただけでもしんどいけど、1年間兼任を続けた上で「どっちを選ぶか」ってなった時に自分の思う選択をした、ってだけの話で、美勇人くんの決断は決して後ろ指指されるようなものじゃないと思っています。)
⑤梶山朝日くんの脱退
そして迎えた9月の帝劇「JOHNNYS' YOU&ME ISLAND」。6人のトラジャでの参加になりました。しかしここでもトラジャに大きな動きがあります。
大千秋楽、「梶山くんが泣いてしまった」「トラジャも大号泣していた」というレポがTwitterを駆け抜けました。宮近くんから「俺らTravis Japanはどんな形になっても輝き続ける!」という発言もあり、嫌な予感にファンは騒然とします。
そしてその予感は的中。同月に制作発表が行われた新春帝劇「JOHNNYS' Happy New Year IsLAND」、この公式HPに梶山くんの名前はありませんでした。そのまま脱退・退所となっており、以降退所理由も明らかにされてはいません。退所に関しては諸説ありますが、ここでは書かないので気になる方は調べてみてください。
(Jrの退所は公式からの発表がありません。ジャニショから写真が撤収される・公式ページからプロフィールが消える、この2つが退所の判断材料になります。仲田くんは2月末、梶山くんは10月内が退所日とされてます。)
そして5人になったトラジャ。この5人が今のトラジャのオリジナルメンバーと言われる「5トラ」になります。10月には5人でABC座に出演しましたが、1年前には8人で出演してわけなので、こうして見るとどれだけトラジャにとって激動の1年だったのかがよくわかります。
(この時のABC座を観劇してるんですが、トラジャの怒涛の脱退を見てきているので目も当てられない、という気持ちも多少なりありました。劇中で「夢のHollywood」を披露する場面があったんですが、歌詞も相まって泣いちゃったえび担がこちらです。今思えば貴重な期間のトラジャを見ていたんだなぁと思います。というかこの時の夢ハリがきっかけで今トラジャ担してるようなもんなので、私的には5トラ期も好きな期間ではあります・・・。)
〜ここでまた次に進む前に読んでほしい予備知識〜
脱退の続いたトラジャ激動の2016年〜2017年ですが、トラジャを取り巻く環境も大きく変わってきています。
「Jr第二黄金期」と前述しましたが、Jrの勢いはどんどん加速し「キンプリと兄組、次にデビューするのはどこのグループなんだ」というバチバチの関係性がファンの間にもかなりありました。超絶主観で当時の勢力図を説明すると、
キンプリ(事務所の推しがダントツ) >>> ラブ > スノスト > トラジャ
という感じ。や、まじ主観だから兄組の順位に関しては殴らないでほしい。わかりやすいように敢えて差をつけてるから!同じパッケージのコンサート内で合同公演したり単独公演したりで兄組はどこもだいたい同じ感じではあったんだけど!「ラブトラ」「スノスト」っていう括りでパフォーマンスすることも多くて、すっごいエモい関係性だったんだけど!
一応説明すると、バンドスタイルだったLove-tuneがZeppっていうちゃんとした箱でライブした、っていう事実があるので頭一つ出てたかな、と思ってこの順位にしてます。や、まじでラブスノストはどこがデビューしてもおかしくなかった。(キンプリは推され方からして同じフィールドにいなかったので割愛)
ちなみに現在Lone-tuneはメンバー7人が全員退所。「7ORDER」として同じグループで活動しています。Love-tune退所騒動も当時それはもう大騒ぎだったんですが、ここではもう触れないので気になった方は調べてみてください。メジャーデビューおめでとうだよ!!!!!!
↑仲良しなラブトラ。兼任してた2人とは決して喧嘩別れしたわけじゃないし、少クラでは「バンドスタイルのラブ」×「ダンスのトラジャ」って組み合わせでパフォーマンスしてたりいい関係だったと思います。
ただまぁオブラートに包まず伝えたい事実として、脱退の重なったトラジャは兄組の中では間違いなく一番日の目を見ないポジションではありました。「兄組」っていう大きな流れに乗ってはいるけど「次がトラジャデビューはないな」っていう空気とどんどん悪い方に沈んでいく感じ、端から見てても本当にしんどかった。トラジャだけ全然オリジナル曲もらえないし。周りの勢いがすごいから尚更感じる下降感。当時がダメだったとは全然思わないけど、どうなっちゃうんだトラジャ・・・って思いで見てた人も多いんじゃないかなって思います。
厄年としか言いようがない1年にトラジャもオタクも満身創痍だった、って事実も知っててもらえるとまた感じ方が違うかな〜〜と思います!
ですがここからトラジャが大きな上昇気流を掴みます!続きいきましょう〜〜〜〜〜!
⑥松松の加入
怒涛の1年を経て5人になってしまったトラジャ。実は森田くん脱退前後、キスマイのツアーバックについている期間(5月〜8月)に事務所の人に「このままいくか、増員か」と問われていました。(梶山くんの脱退に関してこの時点で話が出ていたのかは不明) 話し合いの末、増員という結論を出したトラジャ。「松松はどうか」と提案したのは中村くんでした。
宮近「俺らの武器、シンクロダンスを一緒にやれるメンバーは誰か考えていたら、海人が「松松はどう?」って提案してくれて。」
中村「シャワー浴びながら考えてぱっと浮かんだのが2人だったの。Endless SHOCKで経験も積んでるし、ダンスも上手いし。で、みんないろんな考えがあったけど、挑戦という意味でも一緒にやってみればいいんじゃないかということで意見が一致して、「俺たちは彼らにお願いしたい!」ってことになった。」
と、当時のインタビューで松松に白羽の矢を立てた経緯も話しています。
〜松松とは〜
松倉海斗・松田元太コンビのシンメとしての通称。2012年〜現在まで続く、多分ジャニオタの中でもトップレベルで有名なシンメ。お互いがお互いにまっすぐベクトルの向いた唯一無二の絆を持つ運命のシンメ。シンメ中のシンメ。双子。
トラジャに入るまでは「無所」と呼ばれるどこのグループにも属していないJrとして活動していました。語らずともわかる、といった関係性で「俺らが男女だったら夫婦の仲だし子供もいる」だとか「松松で彼女を共有」とか言うトンデモ公式発表が飛び出すくらいの深い深い絆があります。
こんな注釈でパッと説明できるような簡単なシンメではないので、下記参考資料読んでほしい。多分そのうち私も記事書くけど、先人松松オタにはどう頑張っても敵わん。とにかく「最強のシンメ」ってことだけ覚えておいてほしい。
松倉海斗くん、松田元太くん、松松シンメの紹介シート、「松松"推しシンメ"シート」をアップデートしました!
— むぎめし (@krkrm11) 2017年12月7日
今回もチョコさん【@kercc】に協力頂いて作成しました。松松シンメはいいぞ!!! pic.twitter.com/mW7z9s2l1V
そして9月〜10月、トラジャは秋帝劇〜ABC座にかけて、松松はEndlles SHOCKに出演していた期間に加入のオファー・練習・リハが進んでいきます。しかしこの時点で加入は正式決定しておらず、「11月に予定していたトラジャ単独の湾岸ライブをオーディションとし、そこでトラジャに合えば加入」という条件のある状態だったようです。
松松加入までの詳しい経緯については、濃すぎるエピソードが山ほどあるので、別の方がまとめている超絶素敵な記事を読んでほしいです・・・。エモいのよ・・・。↓↓↓
そして迎えた11月の湾外ライブ。松松はゲストという形で登場しましたが、新衣装のお披露目、トラジャにとって2曲目のオリジナル曲「Dance with me〜lesson1〜」が披露されたりと内容は盛りだくさん。そしてオーラス公演にて松松の加入が正式発表。こうしてTravis Japanは現在の形にたどり着きました。
さっと流れだけ書いてますけどこの辺本当に濃いエピソード多いのでたくさん引用させてください。オーラス当時の現場の空気感がよく分かる素敵なブログがこちら↓↓↓
(ちなみに湾岸ライブの映像もJr情報局で配信されていたりしました。5トラの表情が本当に優しくて涙出ます・・・。)
松松の教科書↓↓↓
⑦松松加入〜現在
松松加入後、当初はトラジャファン・松松ファン双方に戸惑いもあり賛否両論ありましたが、現在間違いなく7人は同じ方向を向いてくれています。今のトラジャを語る上で、どうしても外せないエピソードを2つさせてください。
■夢のHollywoodの事
まずは夢のHollywoodの事。通称夢ハリ。6人になったタイミングでもらったトラジャにとって初めてのオリジナル曲です。松松加入後、新体制初の単独コンサートとなったジャニーズJr祭り2018の単独公演では夢ハリの2番が初披露されています。
私がトラジャに落ちたきっかけの動画です。松松加入後のトラジャはあまり追いかけていなかったのですが、久しぶりに夢ハリが聞きたくなりこの動画を開いたら2番の歌詞がまぁ〜〜〜〜本当に本当にエモい。
宮近:過ぎた1幕は 積み上げる Experience
松松:俺たちの2幕 Life is Musical
松松加入までのトラジャを1幕だと歌うセンター宮近くんと、そのサイドで「俺たちの2幕」と自信を持って歌い上げる松松。詞という形に残る方法でトラジャのこれからを示してくれる力強さ。こんなん、こんなん泣いちゃうよ。
宮近・七五三掛:過去と別れを告げて
川島・吉澤:今ここでショーをして
中村:明日はない 覚悟して 今日を生きよう!
落ちサビ前には松松が捌け、5トラでの歌割り。「明日はない 覚悟して今日を生きよう」、度重なる脱退の中で、一生懸命トラジャを守ってきた5人が歌うこのシーンは格別にグッとくるものがあります。
パフォーマンスもピカイチなんですが、この人たちこんだけバキバキに踊ってるけどアンコールだからね。アンコールってTシャツ着て外周ぐるぐるしながら歌うもんだと思ってたよ。
あともう多くは言いませんがこの夢ハリは是非字幕をオンにして見てみてください。また違うエモさがあります。
そして夢ハリ、衣装もとってもとってもエモい。玉虫色の素敵なスーツなんですが、実はこれ7トラ時代にもらったオリジナル衣装です。
そしてこれが今着てる玉虫色スーツ。
これ、脱退メンバーのネクタイを松松がアレンジして着用しています。
・森田くん→松倉くん:白いネクタイから真ん中にラインの入ったネクタイへ
・梶山くん→元太くん:同じ柄のネクタイをリボンにする
ちなみにこれ旧最年少の梶山くんから現最年少の元太くんに引き継がれてたりもします。
エッッッッッッッモ・・・・・・・・・・・。
■トラジャにおける「シンメ」の存在
トラジャには「松松」という最強シンメが加入したわけですが、「トラジャ」に「松松」が加入することにはそれはそれはもうエモい意味があります。
9トラ時代から計4人が脱退した訳ですが、この4人、実は全員が5トラそれぞれのシンメでした。ガチガチの固定シンメという訳ではないけど人気のシンメも中にはいました。
詳しくはこちらのブログをご参照ください。
「未亡人トラジャ」とかいうパワーワードが飛び出したりしてるんですが、まさにそんな感じ。そんなトラジャに加入したのがガッチガチの最強シンメ「松松」。
加入後もトラジャは「松松」という括りをすごく大事にしています。強火の松松厨のえる氏により「やっぱり松松かよーーーー!」という大名言も生まれました。それぞれの片割れをなくした5トラだからこそ松松を大事にしてるのかな、と思うと胸がぎゅっとなります。
と、いうわけでめちゃくちゃ長くなったけどトラジャの歴史編は終了です。
自分の中でもあやふやな部分があったので今回まとめられて楽しかったな〜って思います。今1万文字超えて普通にビビってます。怖。夢中で書いてたら日が昇ってきたし。でもまぁそれだけトラジャの歴史が深いって!ことで!!!
最後に参考にしたブログとかいろいろリンク貼るのでチェックしてみて下さい。今オタクできるのは先人オタク達のおかげでもあるからね・・・。
では!次回!!トラジャのオリジナル楽曲編!!やります!!!!!!